
ジャマール・ジョゼフと「Panther Baby(パンサーの申し子)」のイベント
僕はハーレムで昨夜まれにみる夜を経験した。僕の生涯にわたる友人、教授のジャマール・ジョゼフが本の発表イベントを行い、彼の自叙伝 "Panther Baby(パンサーの申し子)" の為の講演をしたのだ。ジャマールと僕はふたりとも同じ時期にブラック・パンサー・パーティー・フォー・セルフ・ディフェンス(*1)のハーレム支部にいた。
(*1-ブラック・パンサー党は当初この名で結成されている)
ジャマールはアフィーニ・シャクール(トゥパックの母)や他の19人と共に、有名な「パンサー21裁判」(*2)に一枚かんでいた。長期にわたる "21" の裁判の後、全員が無罪となった。
(*2-1970年、21人のブラック・パンサー党員がNYで警官の殺害とビルの爆破を企てたとして逮捕された事件とその裁判をさす)
ジャマールはアカデミー賞のノミネート経歴をもち、現在はほまれ高いコロンビア大学の映画学校の主席教授だ。彼はまた、熟練した劇作家、詩人、スポークン・ワード(詩の朗読)の芸術家でもあり、IMPACTレパートリー・シアター(*3)の創始者でもある。
(*3-Inspiration,Motivation,Preparation,Activism,Commitment,Teamworkを理想に掲げる芸術集団。十代の若者の芸術活動をサポートしている。1997年設立)
彼のイベントで、僕は長い間会ってきたよりも多く、僕の子供の頃からの知り合いに会った。キャサリン・クリーヴァー;ブラック・パンサー党の元通信相であり、党の中で最も高位の女性で、現在は法学教授で作家。フェリペ・ルチアーノ;Last Poetsの伝説的メンバーであり、Young Lords(パンサーのラテン系同志)の元会長、作家、そして二度のエミー賞受賞のネットワークキャスター。レジー・ルーカス;革新的ギタリスト、ソングライター、レコード・プロデューサー、マイルス・デイヴィス・バンドの元メンバー、学生時代の友人、マドンナのファースト・アルバムの共同プロデューサー。
そこは僕がパンサーの申し子だった16歳の頃から知っている人々で一杯だった。

ヴァーモントのバーリントンにあるヴァーモント大学の芝生の上で「ブラック・パンサー21」の裁判事件について演説するジャマール・ジョゼフ - 1971年

トゥパック&アフィーニ・シャクール

キャサリン・クリーヴァー;ブラック・パンサー党の元通信相

右側フェリペ・ルチアーノ(右) - Young Lordsの会長として

ジャマール・ジョゼフ- 彼が受賞したIMPACTレパートリー・シアターのパフォーマンス中のひとこま

昔々のレジー・ルーカス

僕がパンサーの申し子だった16歳の頃から知っている人々で一杯の部屋

この撮影の1年後、僕は16歳になり、ブラック・パンサー党に加わった

マドンナのシングル曲 "ボーダーライン" - 作曲とプロデュースはレジー・ルーカス

二度のエミー賞受賞歴をもつジャーナリスト、フェリペ・ルチアーノと僕、"パンサーの申し子" イベントにて
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Written by Nile Rodgers
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